ミシュラン一つ星、高級ブランドのレストランで同伴 ── グッチ オステリアで祝う、ホステスの誕生日前夜

エレベーターを降りた瞬間、鉢嶺は違和感に気づいた。壁も床も、全部がグッチだ。迷い込んだのは、銀座のど真ん中に咲く、花とアンティークだらけのメルヘンの世界だった。

グッチ オステリア ダ マッシモ ボットゥーラ トウキョウ ── 銀座に咲く、遊び心のイタリアン

今回の舞台は、銀座のグッチ旗艦店「グッチ並木」の最上階にあるイタリアンレストラン「グッチ オステリア ダ マッシモ ボットゥーラ トウキョウ」。2021年10月にオープンした、グッチが手がけるレストランだ。フィレンツェ、ロサンゼルスのビバリーヒルズに続く世界3店舗目で、日本初上陸となる。監修するのは、ミシュラン三ツ星の「オステリア・フランチェスカーナ」を率い、「世界のベストレストラン50」で2度世界1位に輝いたシェフ、マッシモ・ボットゥーラ。2023年にはミシュランガイド東京で一つ星を獲得した。

店の顔は、アーティスト・ヒグチユウコが描き下ろしたグリーンのファサードだ。内装にはグッチのデコールコレクションの壁紙が使われ、エリアや部屋ごとに色彩が変わる。アンティークミラーを備えたプライベートダイニングまで用意されているという、徹底ぶりである。

料理の方向性も一筋縄ではいかない。伝統的なイタリア料理に日本の食材や調理法を織り込み、思わず二度見するような料理名も並ぶ。メインダイニングは48席で、テラスやバーも備える。

一言で言えば、世界屈指の美食と世界屈指のブランドが、本気で遊んでいる店だ。

 

同伴の動機は、誕生日

 

今回、鉢嶺がこの店を選んだ理由は明快だった。鉢嶺の知り合いの銀座のホステスの誕生日が、近づいていたのだ。

「今度、誕生日だろう。どこか行きたい店はあるか」
「えっ、いいんですか。じゃあ、グッチのレストランがいいです」
「グッチか。服屋だろう」
「レストランもあるんです。ミシュランの星付きの」
「服屋が星を取るのか」
「取ります」

鉢嶺は、ブランドのレストランが星を取るという事実を、この時点でまだ飲み込めていなかった。だが、誕生日祝いを兼ねた同伴である。後に引くわけにはいかない。ましてや、ここは銀座だ。地元で尻込みするわけにはいかなかった。

店内、そして最初の試練

店に足を踏み入れると、壁一面に咲く花の装飾と、凝った壁紙、アンティークの調度が視界に飛び込んでくる。「ルネサンスの絵の中に入ったみたいですね」とホステスがうっとりする横で、鉢嶺は静かに背筋を伸ばしていた。ネクタイを直す手つきが、心なしか丁寧だ。

席につき、メニューが運ばれてくる。そして、最初の試練が訪れた。

「……これ、何て読むんだ」
「それは『パルミジャーナ』ですよ」
「ラーメンになりたい、とあるが」
「そういう料理名なんです」
「料理が、ラーメンになりたがるのか」
「なりたがります」

銀座で20年、メニューで困ったことのなかった男が、初めてメニューに完敗した瞬間である。料理に夢を抱かれるとは思っていなかった。

結局、鉢嶺は注文をホステスに任せた。メニューを眺める彼女の目は、完全に狩人のそれだった。

皿ごとに、主導権が移っていく

運ばれてくる料理は、どれも見た目が美しい。イタリアの伝統料理の骨格に、日本の素材や味の感覚がさりげなく溶け込んでいて、フォークを入れるたびに「どこの国の料理なんだ」と首をかしげたくなる。

「これ、すごく美味しいですね」
「確かに、うまい。うまいが、何が入っているのかはわからん」
「それは分からなくていいんです。感じるんです」
「感じる」
「はい。感じてください」

食通を気取ってきた男が、「感じる」という一語で封じ込められた。皿が進むごとに、会話の主導権は、静かにホステスの側へ移っていった。ワインの選び方、パスタの食べ方、デザートの順序まで、この日の鉢嶺は完全に聞き役である。

とはいえ、悪い気はしなかった。誕生日を祝う側が、気づけば祝われる側の案内を受けている。この構図は、銀座の夜では珍しくない。むしろ、これこそが銀座だと、鉢嶺は自分に言い聞かせた。

食後、デザートの時間に

そしてメインを終え、デザートの時間がやってきた。運ばれてきた皿を見て、ホステスが目を丸くした。

「あれ、私、デザート頼みましたっけ」
「頼んでない」
「じゃあ、これは」
「頼んでおいた。誕生日だからな」

皿の上には、ささやかな祝いのメッセージが添えられていた。事前に店へ伝えておいたのだ。

「えっ、鉢嶺さんが、こんな気の利いたことを」
「俺をなんだと思っているんだ」
「メニューが読めない人です」
「……それは事実だが、これは別の話だ」

一本取られながら、一本取り返した、数少ない瞬間である。ホステスは笑いながら、皿に向けてスマートフォンを構えた。銀座のホステスにとって、「映える」ことは正義だ。鉢嶺は、その様子を満足げに眺めていた。

同伴の締めは、いつもの銀座で

店を出ると、銀座の夜は静かに輝いていた。「ごちそうさまでした」とホステスが頭を下げる。同伴はここからが本番である。二人はそのまま、ホステスの働くクラブへと向かった。

「どうだった、初めてのグッチでの食事は」
「最高でした。でも一番良かったのは、鉢嶺さんが終始、緊張してたことです」
「緊張していない」
「ネクタイ、3回直してましたよ」

数えられていた。しかも3回だった。店に着く前から、勝負は決まっていたのかもしれない。

まとめ

銀座にいながら、銀座で最も遠い国に迷い込んだような夜だった。ミシュランの星も、ラーメンになりたがるパルミジャーナも、鉢嶺にとっては未知の世界だったが、誕生日を祝うという目的だけはぶれなかった。メニューは読めなかったが、祝う気持ちだけは読み間違えなかった、といったところか。ホステスの誕生日当日まで、あと少し。次はどこへ連れて行くのか、そもそも次も連れて行けるのか。鉢嶺の同伴は、星付きの店でも、結局いつもの調子である。