極彩色の巨人が街を練り歩く ── 鉢嶺が見た青森ねぶた祭

その夜、鉢嶺は銀座のお客様と一緒に、東北のとある祭りの熱狂のただ中にいた。夜の街のことなら人一倍知っている男が、青森の夏の本気には完全に呑み込まれることになる。持つべきものは、やはり縁だ。

青森ねぶた祭 ── 東北の夏を、本気で燃やす祭り

青森ねぶた祭は、毎年8月上旬に青森市の中心部で開催される、東北三大祭りのひとつだ。国の重要無形民俗文化財にも指定されているこの祭りの主役は、高さ最大5メートルを超える巨大な「ねぶた」。武者や神話をモチーフにした極彩色の灯籠が、夜の市街地約3.1kmを練り歩く。しかもこの山車、重さはおよそ4トン。それを人力で押して回すというのだから、美しい灯りの裏側は完全なる筋肉の祭典である。

もう一方の主役が、「ラッセラー、ラッセラー」の掛け声とともに跳ね回る跳人(ハネト)たち。観る者と跳ねる者が渾然一体となる熱狂は、一度味わうと忘れられないという。毎年300万人以上が押し寄せる、日本を代表する火祭りだ。

鉢嶺にとっては、初めてのねぶた祭。祭りの知識はほぼ白紙。「ねぶた」と「ねぷた」が別物だということすら、来てから知った。銀座で20年、夜の街のことなら大抵わかる男も、東北の夏祭りにおいては完全なる一年生である。

特等席と、ある服屋の縁

そもそも、この祭りを快適に観るなら有料観覧席が確実だ。だがこれが、毎年とんでもない争奪戦になる。先行抽選も一般発売も瞬く間に埋まり、良い席はそう簡単には手に入らない。

そんな中、鉢嶺が絶好の観覧席に腰を落ち着けられたのには、ある一軒の存在があった。ねぶたの運行ルート沿いに店を構える「ファッション・イン甲州屋」。青森市新町、まさにねぶたが練り歩くコース沿いの商店街に建つ明治28年創業の老舗洋服店だ。

現在の店主は4代目という歴史ある一軒で、普段の洋品販売に加え、ねぶた祭のシーズンには跳人衣装の販売・レンタルを一手に引き受けている。浴衣、たすき、しごき、帯、花笠、跳ねるのに欠かせないハネト鈴まで、跳人デビューに必要なものが何でも揃う総合窓口のような店である。

その甲州屋と鉢嶺の間に、ちょっとした縁があった。持つべきものは、やはり縁だ。おかげで鉢嶺は、この夜、絶好の席からねぶたを見上げることになった。

いざ、灯りの行進 ── なぜか浴衣まで着ている

日が暮れ、いよいよ運行が始まった。この日の鉢嶺は、なぜか浴衣姿である。「せっかくだから」の精神がまたしても発動した結果、格好だけは完全に地元の粋人。中身は知識ゼロの観光客だが、形から入るのは決して悪いことではない。むしろ大事だ。

観覧席から見上げるねぶたは、想像を軽々と超える迫力だった。目の前で見ると、その巨大さと精緻さに完全に言葉を失う。極彩色に浮かび上がる武者の形相、今にも殴りかかってきそうな筋肉の陰影。台車が目の前を通過するたびに、熱風がぶわりと押し寄せてくる。テレビで観たあれの、体感で3倍はでかい。

そして跳人たちの熱気だ。「ラッセラー、ラッセラー」の声が四方八方から降ってきて、鈴が鳴り、街全体が一つの巨大な鼓動になっている。祭りに詳しくない鉢嶺でも、その熱にあてられるのに10秒とかからなかった。気づけば、掛け声に合わせて体が勝手に揺れている。何も知らずに来た男が、いつの間にか周囲の誰よりノリノリになっていた。

「意味はわからん。だが、楽しい」

にわか仕込みの悟りである。その顔は完全に子供のそれだった。

海に浮かぶ、もう一つのねぶた

陸の熱狂だけでは終わらないのが、この祭りの底知れないところだ。運行のクライマックスでは、ねぶたが海へと繰り出す「海上運行」が行われる。台車を離れた巨大な灯籠が船に乗せられ、青森港の夜の海をゆっくりと渡っていく。その頭上には花火が打ち上がり、光が水面に反射して揺れる。

陸上の練り歩きが「熱」なら、海上のねぶたは「静と幻想」だ。あれだけ暴れ回っていた灯りが、海の上ではどこか神々しく見える。鉢嶺も、さっきまでの大騒ぎが嘘のように、静かに見入っていた。同じねぶたでも、陸と海でこうも印象が変わるのかと、素直に感心するばかりだった。

祭りの熱は、夜の街へ

さて、ここからが夜の男の本領である。祭りの余韻に浸ったまま大人しく帰るほど、鉢嶺は行儀のいい人間ではない。灯りが消えたあと、一行が向かったのは地元のキャバクラだった。

銀座で20年、夜の街を知り尽くした男が、青森の夜をチェックしないわけがない。土地が違えば、店の空気も、女性の気質も、酒の進み方も変わる。祭りの熱がそのまま持ち込まれたような賑やかな店内で、鉢嶺はすっかり上機嫌だった。ねぶたの熱狂も、海上の幻想も、締めくくりはやはり夜の街。これぞ鉢嶺の旅の流儀である。

まとめ

巨大なねぶたも、跳人たちの狂騒も、海に浮かんだあの幻想的な光景も、初見の鉢嶺には何もかもが新鮮だった。陸で燃え、海で魅せ、最後は夜の街で締める。青森の夏は、灯りも人情も、そして夜遊びまで、まとめて熱かった。