銀座の至宝「クラブグレ」創業50周年、帝国ホテルで刻まれた半世紀の軌跡

2026年3月23日、帝国ホテル東京「孔雀の間」にて、銀座の名門「クラブグレ」の創業50周年記念式典パーティーが挙行された。政財界、文化人、夜の社交界を支える面々約800名が一堂に会し、銀座の歴史に新たな1ページを刻んだ。


時代を創るリーダーたちが集結

開会とともにステージへ登壇したのは、総勢70〜80名に及ぶ豪華な発起人一同である。その顔ぶれは、著名な芸能人や漫画家、さらには全国各地から集まった名だたるクラブのママたちという、日本の社交文化の粋を集めた陣容となった。

発起人を代表し、日本大学理事長の林真理子が挨拶に立った。続いて、クラブグレの主宰である山口さゆりママが登壇し、50年の歩みを支えた顧客やスタッフへの深い謝辞を述べた。

後日、林真理子が文藝春秋に連載しているエッセイで、このパーティーについての内容が掲載された。

祝宴の幕開けを告げる鏡開き

発起人の女性と、乾杯の挨拶を務める男性一名の計25名が法被を着てステージ前方に進み出た。司会者による「せーのー、よいしょ!」の掛け声に合わせ、一斉に木槌が振り下ろされた。その後、日本オラクル株式会社取締役会長の藤森義明による乾杯の発声が行われ、会場内には祝祭のムードが広がった。

式典を支えた「グレの女性たち」の献身

今回のパーティーにおいて、運営の根幹を支えたのはクラブグレの女性スタッフたちであった。彼女たちはパーティー当日前からの参加者のデータ入力から当日には受付、控え室への案内、各テーブルでの配膳、さらには高齢の来場客への介助に至るまで、あらゆるアテンドを完璧にこなした。

その機転の速さと立ち居振る舞いは、帝国ホテルのスタッフからも「素晴らしいお嬢さんたち」と絶賛されるほどであった。

さゆりママは、彼女たちを「妹や娘たち」のように慈しみ、一人ひとりの個性を伸ばす教育を重んじてきた。この大舞台を成功させたスタッフたちの団結力は、まさにクラブグレが50年かけて築き上げた「愛ある流儀」の結晶といえる。

伝統を繋ぐ「ご祝儀舞い」

祝宴に華を添えたのは、京都先斗町から招かれた芸妓・舞妓ら計10名による「ご祝儀舞い」である。先斗町を代表する精鋭が揃い、会場を幽玄な空気で包み込んだ。約15分間にわたる伝統の芸は、帝国ホテルの大舞台に京都の情趣を鮮やかに描き出した。

世界一のバーテンダーによる記念カクテル

銀座のオーセンティックバーの著名なオーナーバーテンダー7名がこの日のためにグレ創業50周年記念オリジナルカクテル制作委員会を結成。7名によりプロデュースされたカクテル「グレ」が初お披露目された。

カクテルについての説明および製作委員会を代表してのスピーチは、銀座社交料飲協会会長、岸久が行った。

ステージでは、2013年に世界一の称号を手にした高橋直美(BAR ガスライトEVE)よるカクテルデモンストレーションが行われた。

カクテル「グレ」はサントリージャパニーズクラフトジンROKU〈六〉をベースにブドウや桜、スミレのリキュールやクランベリージュースが掛け合わされ、優雅な紫色の中に日本らしさを感じる味わいが広がる、伝統を重んじる「クラブグレ」を象徴するような一杯となっている。

圧倒的な歌声が響く「アヴェ・マリア」

中盤には、オペラ歌手の中丸三千繪が登場した。紹介映像の上映後、ステージに立った中丸はシューベルトの「アヴェ・マリア」をアカペラで独唱。スタンドマイク一本で放たれたその圧倒的な歌声は、孔雀の間の隅々にまで響き渡り、会場を深い感動で満たした。

次なる半世紀へ向けて

宴の締めくくりには、劇画原作家の倉科遼が中締めとして登壇した。テレビドラマ化もされた『女帝』の原作者であり、さゆりママとも親交の深い倉科は、これからのグレへの期待を込めてエールを送った。倉科はスピーチの中で、さゆりママを題材にした舞台を作りたいとも語っていた。

また、式典終盤には片山さつき財務大臣も駆けつけた。登壇した片山大臣は、半世紀にわたり銀座の品格を守り続けてきたさゆりママとクラブグレに対し、熱のこもった祝辞を贈った。

翌日、片山さつき大臣のFacebookからもパーティーの様子やパーティー参加者との写真が公開された。

最後は、当日の式典の模様をリアルタイムで編集したエンドロールが上映された。さゆりママをはじめとした3名が答礼に立ち、ゲスト一人ひとりを丁寧に見送りながら、50周年という節目の夜は幕を閉じた。

まとめ

1976年の創業から半世紀。銀座という街が激動の変化を遂げる中で、クラブグレは常にその中心で気品と信頼を築き上げてきた。

帝国ホテルに集結した各界の第一人者たちの顔ぶれは、同店が単なる飲食店に留まらず、日本の文化や経済を支える人々が心を通わせる「社交の場」として、いかに重要な役割を担ってきたかを物語っている。

山口さゆりママが守り抜いた伝統と、世界一の技術や芸術が融合したこの一夜は、クラブグレが次の50年に向けてさらなる進化を遂げることを確信させるに十分な、輝かしい節目となった。