
正解か、不正解か。目の前の一皿が本物か偽物かを、舌だけで見抜かなければならない。それも、巨大な水槽に囲まれた深海のような空間で。鉢嶺は銀座のホステスとともに、その席についた。
きっかけは、ゴチバトルの雪辱
事の発端は、先日のゴチバトルだった。YouTuber・ラファエル主催のあの企画で、鉢嶺は高級中華に挑み3位。銀座20年の舌をもってしても1位には届かず、その悔しさが妙に尾を引いていた。
「食に関してはそう外さない」という自負を証明し直したい。そんな思いから、鉢嶺は知り合いの銀座のホステスを誘い、ある店へ向かうことにした。舌の実力を問い直すのに、これ以上ない場所があったのだ。
上野 アクアリウムレストラン Nautilus ── 潜水艦で味わう非日常
今回の舞台は、上野にある「アクアリウムレストラン Nautilus」だ。実在した伝説の潜水艦・ノーチラス号をモチーフに、「現代に甦るノーチラス号」というコンセプトで設計された創作フレンチの店である。手がけたのはインテリアデザイナー世界ランキング7位を誇る松本哲哉氏。大理石をあしらった店内は全席が個室で、座席を巨大な水槽が取り囲む。1,500匹を超える魚に囲まれながら食事をする空間は、まるで潜水艦で海中クルージングをしているかのようだ。
「なんか、水族館でご飯食べてるみたいですね」
「悪くない。魚は見てるだけだけどな」
「食べるつもりだったんですか?」
キャビアやトリュフ、フォアグラといった高級食材を使いながらも、比較的カジュアルな価格帯で楽しめるのが特徴。記念日やデートの利用が多い、非日常感たっぷりの一軒だ。鉢嶺のような夜の世界の住人にとっても、なかなか新鮮な舞台だった。

今夜のコースは「格付けチェック」仕立て
この店で用意されているユニークなコースが、テレビの人気企画でおなじみの「格付けチェック」を模したディナーだ。全7問、それぞれ高級食材と、それに似せた庶民派食材が出題される。どちらが本物かを当てていき、正解数に応じて最後のデザートが変わるという趣向である。
出題されるのは以下の7番勝負だ。
- ドリンク ── ぶどうジュース・ウィスキー・ワイン・シャンパーニュ・プレミアムワインから1セットを選択
- アミューズ ── フォアグラムース(1kg 15,000円)VS 豚レバームース(1kg 3,000円)
- キャビア ── オシェトラキャビア(1瓶 5,000円)VS ランプフィッシュ(1瓶 500円)
- アワビ ── 翡翠の瞳(1kg 10,000円)VS ロコ貝「別名:アワビモドキ」(1kg 2,500円)
- 蟹 ── ずわい蟹(1kg 10,000円)VS カニカマ(1kg 2,500円)
- フォアグラ ── フォアグラ(1kg 15,000円)VS まるでフォアグラ(1kg 4,500円)
- 黒毛和牛 ── A4黒毛和牛(1kg 7,000円)VS カンガルー肉(1kg 3,500円)

そして正解数に応じた称号とデザートはこうだ。
- 5〜7問正解:アフタヌーンティー
- 3〜4問正解:アップルタルト
- 0〜2問正解:茶菓子2個
カニカマやカンガルー肉といった、本家「格付けチェック」でいうところの「絶対アカン」側の刺客が紛れ込んでいるあたり、なかなか意地が悪い。
「カンガルー肉って、食べたことあります?」
「ない。あるわけない」
「じゃあ当てられなくないですか」
「食ったことなくても、いいやつはわかる」
「その自信、どこから来るんですか」
だが、この根拠のない自信こそが、この企画の醍醐味を引き立てることになる。
いざ、判定 ── 舌に自信はあるのか
「銀座で20年、いいものを食べてきた」と自負する鉢嶺にとって、これは腕の見せ所だ。ゴチバトルで1位を逃した雪辱を、ここで果たすつもりでいる。
「この前もゴチバトルで3位だったからな」
「それ、当てたわけじゃなくて値段でしょう」
「舌の話だ」
「今日は値段見えないですよ」
同席したホステスもまた、日頃から一流の食に触れている身だ。二人して「これは余裕なのでは」という空気で席についた。


だが、一皿口に運ぶごとに、その余裕は少しずつ削られていく。この企画では、本物と偽物それぞれの食材を使った料理が、まったく同じ見た目に盛り付けられて2つ同時に出される。フォアグラと豚レバー、キャビアとランプフィッシュ、ずわい蟹とカニカマ。見た目で判別できないよう仕立てられているため、頼れるのは自分の舌だけだ。
「こっちがフォアグラだな。こっちは偽物だ」
「即答ですね。合ってる自信あるんですか」
「……多分」
「なんで自信ある感じで言ったんですか」
二皿を交互に口に運びながら「言われてみればどっちも……」という迷いも顔をのぞかせる。口では威勢のいいことを言い合いながらも、二人とも一皿ごとに真剣な表情になっていく。水槽の魚たちが、無言でその判定を見つめていた。
結果 ── まさかの全問正解
そして迎えた答え合わせ。
結果から言うと、鉢嶺もホステスも、7問すべて正解だった。

フォアグラも、キャビアも、アワビも、カニカマの刺客も、カンガルー肉の罠も、二人はすべて見抜いてみせた。散々「どっちだ」「わからん」と言い合っていた割に、終わってみれば全問的中である。
「全部当たってるじゃないですか」
「言っただろ。いいやつはわかるって」
「さっきまであんなに悩んでたのに」
「悩んでたんじゃない。味わってたんだ」

満点の称号として運ばれてきたのは、最上位のデザート「アフタヌーンティー」。華やかなティースタンドを前に、二人はようやく胸を張った。ゴチバトルの雪辱を、別の舞台でひっそりと晴らした夜だった。
食後の七夕 ── 短冊に願いを
この日はちょうど七夕だった。食事を終えて店を出ると、近くに七夕の笹飾りが設けられているのが目に入った。せっかくなので、二人で立ち寄って短冊に願いを書くことにした。
先に書き終えていたホステスが、鉢嶺に問いかけた。
「短冊になんて書いたんですか?」
「『俺たちも、織姫と彦星くらいに深い仲になりたい』と書いた」
ホステスは少し考えてから、にっこり笑って言った。
「じゃあ、また一年後に会いましょうね」
「なんでだ?」
「織姫と彦星って、一年に一度しか会えないじゃないですか」
「……それは困る」
自分で持ち出した設定に、綺麗に足をすくわれた形だ。星に願うより先に、まず例え話を選ぶセンスを願うべきだったのかもしれない。

まとめ
高級食材と、それに似せた庶民派食材。並べられれば別物でも、単体で問われると誰もが自信を失う。それでも全問正解でアフタヌーンティーを勝ち取れたのは、鉢嶺とホステスがそれぞれの場所で本物に触れ続けてきたからだろう。ゴチバトルで届かなかった1位の悔しさは、深海のような水槽に囲まれた満点の夜と、七夕の短冊に託して、ひとまず落ち着いたようだ。
